飛騨の細道 197-「神と仏の奇妙なものたち」


■神と仏の奇妙なものたち

上段に写っているのは勾玉と樋の飾り。
城山の上がり口にある護国寺のお社の雨どいである。

屋根の四隅の勾玉は単なる飾りなのだろうか。
何か意味があるのではないだろうか。
調べてみると深い意味があった。

巴とは水を象ったもの。水が渦を巻いている形をあらわしている。
はるか昔の古墳・弥生時代にかけ、
巴への考え方を神霊のシンボルである勾玉に反映させたというが、
この渦巻を火災予防のお呪いとして、
民家では屋根瓦や土蔵などに用いていることが多いという。

そんな訳で四隅の勾玉は社を守る「火防」のしるしであった。

下段に写っているのは真言宗の小さなお寺。
本堂へ上がる階段横のしつらえである。
ご住職の趣味が色濃く出ており、茶事の釜に花を活け、
アクセントに木魚が置かれてあった。
(横にはていねいにバチまで添えてある)

木と魚(もしくは杢魚)でもくぎょというが、
なぜ木の魚なのか。
これも調べてみた。
魚は日夜を問わず目を閉じない生き物で、
修行に精進することへの意味合いが木魚に込められているというのだ。

それぞれの意味合いは別として、
この写真に映る奇妙なモノたちはどんな美術館の「作品」と比しても、
輝きと存在感では見劣りはしない。