飛騨の細道 198-「大衆ステーキハウス」


■大衆ステーキハウス

私ごとで恐縮だが沖縄へ行ってきた。
子どもたちが手配してくれた旅行なのだが、
海の漁が得意な海幸彦(兄)に、山の猟が得意な山幸彦(弟)が
ワクワクとしながら遭いにいったわけである。

一足早く買い物を済ませた私は、
レンタカーを停めた国際通りの路地裏で受付の壊れた椅子に座っていた。
子どもたちが来るまでの間、愛想のいい駐車場係りの婦人と
話し込んでいたのである。

「おばさん、こんなきれいな海があるんやで、沖縄の人っていいよね」
「あんたたちとちがってこっちの人はクソ暑い昼間なんかには泳がないよ。
日が落ちてからやね、泳ぐのは」
「へぇ〜そうなの」

「あんたたちはどこからみえたの?」
「飛騨の高山って知っていますか」
「ああ、知っとるよ。いいところみたいだね」

そこでいきなり質問が。
「飛騨の高山では何が美味しいの?」
「え〜と……」

ここ数日、沖縄の郷土料理とアメリカンスタイルの安いステーキ。
さらにあぐー豚などで、味覚がすっかり非現実化し、
沖縄化してしまった私は飛騨の幸が浮かんでこない。

沖縄の人を相手に何を思ったのか、
とっさに口から出てきたのが山菜。そして飛騨牛。

ご婦人、山菜にはまったく興味を示さず、すかさず
「牛かね。あんた、沖縄のステーキ食べたかね」
「食べましたとも。ほらジャッキーステーキという大衆食堂みたいなお店。
飛騨牛とちがってさっぱりして美味しかったですよ」
「そうかね、そうかね、ジャッキーへ行ったかね。
あそこは沖縄の人がよく行く店で、戦後まもない頃にできた老舗だから」
と、婦人は自分のことのように喜んでくれた。

「ところであの付け合わせのスープ、何ですか。
脱脂粉乳みたいな味気のないものだったんですけど」
「えっ、沖縄人はステーキといったらあのスープですよ。
あれにコショウをかけていただく。あんたたちは違うの?」
「……」
ちなみに娘ムコはそのスープに塩を入れ、醤油をたらし、
あげくにはステーキソースで、ますます不味くしてしまった。

本土へ帰ってから調べるとアメリカのスープメーカー、
「キャンベル」のスープがベースになっていた。
沖縄のステーキには戦後間もないアメリカの味覚が、
今でもしっかりとしみ込んでいたのだ。

それにしてもテンダーロインステーキ200g(レアがおいしい)に
サラダ、スープ、ライスがついて2,000円とは安い。
地元の外人さんや沖縄人でいつも満席。
平日でも待ち時間は30分以上だという大衆ステーキハウスだが、
高級和牛の飛騨牛とは一線を画し、
あくまで大衆の味に徹底していた。



写真/アメリカ的なデザインと待ち人を楽しませる、予約状況表示看板。
ポップで明るい雰囲気がさらに大衆心理をそそる。