飛騨の細道 132-「呂色という世界」


■呂色という世界

江名子川には縄手橋、屋台橋、左京橋、鉄砲橋と、
錦絵の世界のような橋の名前が続き、昔ながらの風情が残っている。

その中でもひときわ小さな鉄砲橋を右に見ながら、
しばらく歩くと道路沿いに小さな本堂が見える。ここが蓮乗寺だ。
このお寺には山門や塀、そして鐘楼はない。
ところが本堂に入ると金が放つ絢爛豪華な輝きに我を忘れ、
訪れる人はお内陣のあまりの美しさに見入ってしまう。

高山は浄土真宗王国だが、
木彫や春慶ばかりが伝統工芸ではなく、
お寺の建築やお内陣のつくりを見れば、飛騨の匠の技に驚くはずだ。

蓮乗寺の柱は、普通の黒漆塗りと比べ濁りのない文字どおりの「漆黒」で、
鏡面にすることによって「濡羽色」のように気品のある光沢が生まれる。

じつのところ塗り終えた後門柱にはハケ目の凹凸が残っているのだが、
それを鏡のように輝かせるのが『呂色師』と呼ばれる職人の仕事なのだ。

まずは凹凸した表面を炭で研ぐ『炭研ぎ(すみとぎ)』からはじまり、
表面を緻密にする 『胴擦り(どうずり)』、さらに生漆をすり込む『摺り漆』。
そして最後は油と、れいきとよばれる微細な磨き粉を手のひらに付け、
擦りながら仕上げていくのだが、文字通り手が道具となる。

この仕事は手のひらの微妙な感覚を必要とするため、
呂色師の多くは、中学を卒業してから二十年以上の修業を重ねないと
一人前といえない。
気が遠くなる世界なのである。

あの時代に、こんなしょうもないことをしよったと
思われたくないという呂色師。
きちんとした仕事を後世に残すことは職人の誇りであり、
物づくりへの情熱は、人間の誠心誠意のあらわれなのである。