飛騨の細道 65-「一位という、笏木」


一位という、笏木

飛騨の人たちがこぞって初もうでへとでかける飛騨一之宮水無神社。
この神社は日本海に注ぐ神通川、
そして大平洋へと注ぐ飛騨川の分水領の水主として威高く、
神代の昔より延喜式飛騨八社の首座となっている。

その神体山である霊山位山の原生林から切り倒された一位から笏木がつくられ、
いまでも伊勢神宮の式年遷宮や歴代天皇ご即位の節に、
飛騨水無神社がご献上するのが慣例となっている。
最近では平成元年の今上天皇即位のときに献上されています。

伊勢神宮の式年遷宮で用いられる木材の中では
最高の栄位を賜っている一位だが、
その銘木に匠の刀の切れ味がくわわることで、
みごとな飛騨の一位一刀彫が生まれた。

飛騨の根付を語るとき、根付彫刻師松田亮長(すけなが)がともすれば
その話の中心になりがちだが、
一位との釣合いがあって一切のものが純粋の極地に達する。

ところで一位は巨木となるような杉とは違い、
北国の厳しい風雪にさらされながら、
長い年月をかけゆっくりと成長する。
だから材として使おうとすると、高さが十数メートル、
径が60cmを超す一位はまれで、
たいへん稀少価値の高い銘木なのだ。

原木の中心部分は綺麗な暗褐色だが、
笏はこの「心材」部分から切り出される。
そして切り出した木は一年ほど乾燥させられ、
地元の宮大工がまっすぐな木目の笏に仕上げられる。

この上もなく簡素明澄な形をしている笏木の、
清らかな木目と一位独特の深みのある色合い。
そして手にしたときの感触など、
神官が手にするにふさわしい品格と
高潔な雰囲気をただよわせている。


写真/今上天皇に献上された笏木と同じもの