飛騨の細道 190-「あふれでるおもてなし」


■あふれでるおもてなし

ひのきの升になみなみとつがれる日本酒。
ぶ厚い升のフチからこぼれ落ちるほど、
表面張力によってみごとに膨らんだ升酒を、
おそるおそる口に運ぶ居酒屋の客。

はたやコップ酒となると、主はわざわざこぼれ出るよう満杯に注ぎ、
下の受け皿まで酒で溢れるほどにして提供する。
主の心意気がなみなみとした表面張力にあらわれる大衆酒場である。

かたや下呂温泉の湯船。
四角に切り取られた風呂のフチは無垢のひのき。

湯は四角形の上面に表面張力ギリギリまで盛り上がり、
溢れた湯は音もなく静かに木をつたって落ちる。

静謐で張りつめた湯船は日本的な美しさを讃えているのだが、
そこに調和を乱すように割って入り、
万感の思いで溢れ出る湯の音に包まれるのが
至福なのである。

升酒と温泉旅館の湯船。
いずれも共通したものがあるのだが、
溢れ出る至福の思いは文字にはなかなかしずらいものだ。