飛騨の細道 10 - 「美味な中華そば。」


■美味な中華そば。

「女と料理が書けたら物書きは一人前」と
いうようなことをどこかで聞いたことがあるが、
女はともかくとして、味について書くのは本当に難しい。
料理紀行のレポーターが番組で
「とろけるような」とか「まったりとした」とか、
「ほのかな甘味が」などというセリフを口にするが、
視聴者の耳にはどこかで聞いたような
退屈な言葉としか聞こえない。
しかし、これが他人事ではないのだ。

例えば『飛騨の中華そば』なんていうのがいい例で、
A君が「○○が好きやな」と口火を切れば、
B君は「いや、○○のは焼豚が薄いでな」と反撃。
するとC君が「中華そばはスープが決め手やぞ」と
決定打を放ってくる。
挙げ句には平成生れのD君が
「○○は先代と比べたら味が落ちましたよ」などと、
わかったようなことをいうありさまで。
こんな調子でひとしきり店という店の名前を
すべて出し切ってしまうと、いっときは盛り上がった
中華そば談義は、結論を得ないまま終焉をむかえ、
一同解散となる。

考えてみれば、におい、舌触り、味、のどごし、
そして食後感などは具体的な現象で、誰の口の中にも
平等に与えられるものだが、それを他者に言葉で
伝えるとなると、「私のどこが好きか言ってみてヨ」と
恋人に言い寄られるより数段難しい。
そしてそれが美味であればあるほどさらに至難なのだ。