飛騨の細道 201-「長距離ドライブ」


■長距離ドライブ

平成19年、430万人の観光客が飛騨高山へ訪れた。
東日本震災があった年は減ったものの、
以前のピークを目標に毎年、少しずつ観光客が増えている。

アジア圏からヨーロッパ圏、そしてアメリカからと、
海外から訪れる観光客が、
小さな高山の町を闊歩する姿は今では珍しくはないが、
これには驚いた。

観光地にタクシーが停まっている。
そのタクシーがプリウスだった。から驚いたのでない。
理由は個人タクシーで、ナンバープレートが釧路だったからだ。
想像するに値するドライブなのである。

お客は釧路で手をあげると、
運転手にいきなり「飛騨高山まで行って」と言ったのだろうか。
運転手は場所が場所だけに
「自宅へ寄って着替えを」なんて言ったに違いない。
ガソリンや高速料金、宿泊料金はお客持ちでも、
長旅には小遣いがいる。銀行にも寄り道したに違いない。

10年に1度あるかないか。
いや一生かかっても
個人タクシーの運転手に、
こんな超長距離乗車は舞い込んでこないのだ。
運転手はあらん限りのリップサービスをしたはずだ。

ところでこんな贅沢な旅行ができるお客とは一体どんな人なんだろう。
そこが気になる。
年金暮らしで「趣味は旅行なのよ」なんて言う老女だろう。
もちろん、お金はある。何せタクシーの貸し切りなのだから。
気心知れた友人も同乗しているに違いない。

違いない、違いないと想像しだすとキリがなくなる。
結局、お客がタクシーへ戻るまで私は車の陰に隠れ、密かに待機した。

来た、来た。やはり品のいい女性だ。年の頃は60代である。
どうやら一人のようだ。大名旅行じゃないか。

運転手はいかにも運転手といういでたちで、
半袖のシャツの上に軽くニットのベストを着ている。

お客と話す。普通に話す。ん?まるで身内のように。
振る舞いも気さくすぎて、互いに遠慮というものがない。
なんと運転手とお客は夫婦だったのだ。

夕食をつっつく姿まで想像していた私は、
あまりの結末に二度も驚いた。