飛騨の細道 183-「町と文字」


■町と文字

ゑび坂辻、○に五、みそや。
のれん地の風合いが達筆な筆字にあいまって
独特の妙を生んでいる古都高山の良きデザイン例である。

聞けば醤油を濾した麻ののれんが風雨にまみれて破れ、
そこにあらたな濾し布をあてがっているうちに
このような味のある斬新なデザインになったという。

縫いあわせる店主は
「こんなだっしょもない(みっともない)ことを」と恥ずかしそうに言うが、
のれんらしからぬところが実にいい。
現にこののれんに惹かれ、お忍びで来高した芸能人や、
著名な写真家などがのれんをくぐり、
店主と会話するうちに
着飾らないのれんと同じ風合いの店主に気を許しはじめる。

ところで日本の商人はこの薄い、
ひらひら(こののれんはごっつくてひらひらしない)した布を媒介にして、
先代、親子、本支店という封建的な”家”の機構をくみ上げていったのだが、
家が焼けてものれんだけは持ち出すというほど、
この布は神聖なものであり、
のれんを分け、受け継ぎ、のれんを汚さすぬよう
一族はその役目を図ってきたのである。

ちなみに筆字は店主のご主人(故人)が書かれたもので、
醤油などのラベルの意匠にも使われている。


写真/裏から見ると修繕具合がわかる