飛騨の細道 54-「トンチャンが煮える」


■トンチャンが煮える
 
味について書くのはほんとうに難しい。
自分の口の中で起きていることなのに、
におい、舌触り、味、食後感を他者に伝えようとすることが
いかに難しいことか。
神岡名物「トンチャン」もまた然りである。

かつては鉱山として栄華に輝いた神岡に、
おいしい「トンチャン」を食わせる店があると聞き、
さっそく出向いた。

食べる前の予備知識なのだが、
「トンチャン」とはホルモンのことで、
もとはといえば朝鮮語のトン(糞)とチャン(臓・腸)の造語で、
小腸や大腸という意味がある。

料理法はレバーやセンマイのように、
酢みそやごまたれにつけ、生でいただくもの。
小腸や大腸を鉄板で焼くホルモン焼き。
そして小腸や大腸を独特のタレで仕込み、
キャベツと玉ねぎをのせ、鍋でゴトゴト煮るトンチャンがある。
さて、能書きはこれくらいにして、
たからやのトンチャンの話にもどそう。

妹のなおみさん(兄弟でやっています)が手にした一風かわった鍋。
聞くとパエリア専用の鍋だという。
鍋をのぞく。シャキシャキしたキャベツに隠れるように
じつに美しい色をした小腸や大腸のかたまりがみえた。
北国の冬空のような灰色がかった小腸や大腸は多いが、
春を思わせる淡いピンク色した小腸や大腸ははじめてだ。

お兄さんのヒデオさんにたずねると、
新鮮な内臓を丹念に丹念に洗うそうな。
仕込みにたいそう時間をかけるようだ。
さらにこれはマル秘なのだが、近場ではなく県外から鮮度の高い内臓を
仕入れている。
兄弟は冷凍ものをいっさい使わない。
仕入れ先が休みのときは店も休むなどして品質を守っている。

湯気がではじめると、汁のなかで小腸や大腸が踊りだした。
透明だった汁はしだいに色を帯び、
キャベツが湯気でしんなりしてきた。
「もう、食べ頃ですよ」
なおみさんの声にすばやく反応するようにさっそく口に運ぶ。
噛むとさくっと切れる。おどろくほどやわらかい。
ゴムのような歯ごたえではなく、まるでマシュマロのような感じだ。

口のなかでは醤油と味噌、そしてにんにく、とんがらし、etc。
それにまじって内臓の肉汁がからみあい、
気がついたらどんぶり飯をまたたく間に2杯もおかわりしていた。
さらにスプーンまでかり、
煮汁をぐびぐびと飲んでしまっていた。

世間では美味しいトンチャンを食いながら、
ビールを飲むと痛風になると聞くが、
たからやのトンチャンにはなってもいと思わせる味がある。


写真/最後にきしめんを入れフィニシュ