飛騨の細道 33-「さくら・桜・サクラ」。


■さくら・桜・サクラ。

日本人にとって特別なこの花は、
咲きはじめから散りぎわにいたるまで、
見る人を魅了し続ける美しさをもっている。
しかし、花一輪で見れば、ランやツバキのほうが断然美しくて
鑑賞に耐えるが、桜だとそうはいかない。
じゃなぜ桜は美しいのか?

それは大和心とは関係なく、桜は小さな花がより集まって咲き競う、
そのたたずまいに美しさがあるようだ。

ところで昔から桜の花の番人をする人を
『花守(はなもり)』と呼ぶが、
飛騨には花さかじいさんを絵に描いたような、
こころねのやさしい花の番人がいる。

この老夫婦が見守るのは、
樹齢が推定八〇〇歳という長寿のしだれ桜。
「桜にお願いして、目と鼻のさきに家を建てさせてもらったんや」と
いうだけあって、縁側からまじかに見上げる桜はじつに壮大で神々しい。

伺うと開花時期にはバスや乗用車がひんぱんに家の前に停まり、
花守の庭は人また人であふれかえるというが、
ここへ訪れる花見客はどの人も礼儀正しい。

なかには「桜の肥料代に」と志しを置いていく人もいるというが、
八〇〇歳という図り知れない生命力を前にすると、
人は誰もが謙虚になるのだろう。

見ると花守のおばあちゃんはたくさんの名刺を手にしており、
一枚抜きだしては、「この人は毎年家族と一緒にみえるんやさな」と、
花見客へ思いを馳せていた。
その姿はまるでふるさとで孫を待つおばあさんのようでもあった。

花守が見守る枝垂れ桜。
春爛漫になるのはGWちかくになってからだ。

高山市清見町大谷地区/西岸寺