飛騨の細道 102-「花を伝える人。その2」


■花を伝える人。その2

素で踊るという行為は木炭のデッサン画を持ってして、
百号の油絵に挑戦するようなもので、
見る人を物語の世界に引き込むような、
絶対的な技量と演技力がなければならない。
役者にとってこれはかなりのプレッシャーで、
なかば無謀と言ってもいいのだ。

そのうえ、谷口さんは演目を歌舞伎舞踊だけに限り、
飛騨での初舞台に光記念館の能楽堂を選んだ。
さらに歌舞伎座に出演する最高のスタッフ陣を揃え、
無料慣れしている飛騨の人に、
芸は有料であることを提示した。

ひとつ間違えれば凶と出るやも知れない挑戦を、
成功へと導いたのは本人の自信や、それを許し認められる実力、
そして谷口さんを支えるスタッフ陣の頑張りがあってのこと。
彼はみごと「素踊り」で、飛騨の人に
真の花を咲かせて見せてくれた。

しなやかな筋肉は鍛えればますます強くなるという。
稽古に精進することはもちろんのこと、
谷口さんはいろいろな負を自分に課すことによって、
生来もっている才能にくわえ、
絶対的な能力を培ってきたように思う。

こんな風に谷口さんを紐といてはみたものの、
私にはまだまだ日本舞踊の楽しさはわからない。
だけどそこには確固たる美があることは感じる。
美しい自然を眺め、美しい絵をながめて感動したとき、
その感動はとても言葉では言い現せないと思った経験は、
誰にでもあると思うが、
この何とも言えないものこそ、谷口さんがみなさんの目を通じ、
みなさんの心に直接に伝えたいと願っているものに違いない。

笛や三味線、そして長唄は耳から這入れば、
見るものの心へとまっすぐに至り、波立たせる。
舞踊家の体は声や音を得ることで
強さ、幽玄、弱さ、荒々しさ、艶を演じる存在になっていくのだ。
それを感じられるようになったら、
私にも日本舞踊の楽しさが見えてくるに違いない。
谷口さんにはこれからも高貴で美しい、
幽玄なる舞踊家をめざしてもらいたいと思っている。

日本舞踊家は師匠が生業で、舞踊を舞台で見せて
生計を立てている人は一人もいない。
この辺が歌舞伎役者と違う。
谷口さんは東京と高山にお稽古場を持ちながら、
お弟子さんへの指導にくわえ、リサイタルを開き、
芸の精進を世に問うている。
東京のお稽古場では、友人の市川海老蔵氏を介して
俳優の香川照之氏[龍馬伝・劔岳などに出演]が
生徒さんになるなど、歌舞伎役者だけでなく、
多岐にわたり、その指導力は高く評価されている。

第3回/谷口裕和の会 
11月27日(土)午後6時〜 28日(日)午後2時〜
光記念館 能楽堂