飛騨の細道 101-「花を伝える人。その1」


■花を伝える人。その1

勘三郎や玉三郎などの名前は知っていても、
日本の踊りってどういうものかと聞かれると、
さてこれがなかなかわからないのだ。
美術には「日曜美術館」や「ミューズの微笑み」のような
素敵なテレビ番組や、書物などがあるが、
日本舞踊の楽しさを知るにはじっさいのところ間口が
狭すぎるのが実情で、
そのせいか、いまだ踊りといえば温泉のお座敷で、
おばさんがやっているようなものと思っている
眼識のない人間がいるから困ったものだ。
(そういう私も恥ずかしいかなそのひとりだが)
そんな私が芸の品格の定まった舞踊家を前にし、
秀れた智者のように振る舞うのは土台無理なことで、
ここは粗が出るのを承知で、
私なりに谷口さんという舞踊家を紐といてみたい。

谷口さんと最初にお会いしたのは、
季節の軸と、可憐な一輪の花が床の間を飾る、
洲さきの一室だった。
表面はもの静かなのに、なんとも言えない華やかさと
女性のような色気を漂わせ、華奢な若い体の奥に
かぎりないエネルギーを秘めていた十数年前を思い出す。
伺うと、歌舞伎役者の振り付けを指南するお師匠さんのもとで
コーチ業を学んでいるというが、指導力だけでなく、
自らバッターボックスにも立てる技量を
併せもっていることに私は驚いた。
谷口さんの舞台は、歌舞伎役者の玉三郎のように
女性の仕立てはいっさいしない。
素踊りに意義と存在を求める舞踊家は、
演目の多くを紋付と袴で演じるという。
でもよくよく考えてみれば衣装やかつらを使わずして、
女の艶かしさや想念をどうやって見せるのか?
面をつけずして、どうやって精霊を演じるか?
顔の表情を変えずして、どう喜怒哀楽を表現するのか?

(続く)