飛騨の細道 19 - 「壷のなかのまち。」


■壷のなかのまち。
 
暮らしの手帳の発行人であり、
編集長でもあった花森安治さんは
はじめて訪れた高山を「壷のなかのまち」と称した。
四方を山で囲まれているようすを壷にたとえたのだろう。

その頃のまちといえばしもた屋が大半で、
黒一色のトタン屋根が折り重なるようにつらなり、
雪でも降ると水墨画のような風情があった。
町並みは当時とくらべると高層ビルが建ちならび、
ずいぶんと変わってしまったが、
乗鞍岳や北アルプスの山並はかつてのままで、
その輝きを失っていない。

たとえば冬。
肌を刺すような冷気のなかで、
神々しいまでの全容をみせる乗鞍岳は、
暮れなずむころ、夕ぐれの太陽に照らされてオレンジ色に輝く。

光り輝く雪山はひとときひとまわり大きくなるが、
コバルト色の空の衰えとともに小さくなる。
そして冷たい空へと消えてしまうのだ。

ある高名な写真家と、
「乗鞍岳を眺めながら育った飛騨の子ども」について話しあったことがある。
飛騨の子は都会の子とくらべ、繊細で豊かな感性を持っているというのだが、
なんとなくうなずける話だ。

壷のなかに住む飛騨の人にとって、
刻々と変化する自然の美しさはかけがいのない宝物である。