飛騨の細道 186-「寸志を願う」


■寸志を願う

雪の木立の中にぽつん。
見れば合掌造りを模した高さ30cmほどの寸志箱である。

お願い書きには
当施設は皆様方の御厚志で風呂・建物・草刈り等保守管理維持を行っております。
今後も皆様方の楽しい憩いの場として継続するための御協力金として
寸志をご投入頂ければ幸いです。
【寸志額は300円程度】

と遠慮がちに書かれてあった。

昨今、町の中にある無人野菜販売所でも
”隠しカメラが設置されております”などという注意書きがしてあるくらいだから、
山奥の露天風呂だったらなおさら無銭飲食ならぬ無銭入浴する輩も多いはずだ。
ここは
「寸志をご投入頂ければ幸いです」より
「寸志をご投入ください」と高圧的に書いてもいいと思うのだが、
正直で人のよさげな館主では無理なのだろう。

飛騨では下呂温泉の橋の下と新穂高へ向かう橋の下の
露天風呂が確か無料だったように思うが、
ここのような脱衣室や露天風呂の屋根、さらには裸電球などは
野天ゆえの望めない。

私は後からやってきた珍客(オーストラリアの学生たち)に入浴料を聞かれ、
「スリーハンドレット円」と言ったが、
「oh!」と言ったきり、彼らは無言で服を脱ぎだしだ。
貧乏旅行をしている彼にとって「スリーハンドレット円」は高いのだろうか。
番台がないのをこれ幸いに(番台が何なのかも知らないのに)
無銭をきめているのか。
などと考えている間に、珍客はパンツを履いたまま、
露天風呂で記念写真を撮っていた。

「おい、英語圏からやってきた若者よ。
日本には『寸志」という心づかいがあってな…」
そんなことを英語でこんこんと言って聞かせる自分を想像しながら、
英語力のない私は、無言で雪降る露天風呂を後にした。


写真/雪の中の寸志箱