飛騨の細道 151-「『つげ義春』的温泉」。


■『つげ義春』的温泉

数時間前に登った山あいの道を下る。
やがて舗装された村道に出て、
山辺のある道を曲がり下りながら、
滝が見下ろせる橋のあるところまで歩いた。

ふりかえってみた。
緑濃い山塊の重なりあう向こうに、
いま登った十二ヶ岳が見えるような気がする。

山に風がふくと、
濃いのや薄いのや、中間のといろいろな緑が、
ざざわと音をたて大きく揺れる。
ところどころ、白くみえるのは朴の葉だ。
飛騨の新緑はいちだんと艶やかで色濃くなり、
見ているだけで心が洗われるようだ。

十二ヶ岳の登山帰り、恵比須之湯に寄った。
どこか『つげ義春』風な温泉だったので情景を説明したい。

つげ義春という漫画家の作品には温泉を題材にしたものが多い。
そこには裏日本や東北、鉱泉宿、農家、町などが登場する。
いずれにも寂しい、うらびれた、朽ちた、人がいないなどの形容詞がつき、
どちらかといえば、人が喜んで行きたがらない旅先が多く登場する。

恵比須之湯は村で組合をつくり、協同で管理運営しているのだが、
地元のおばちゃんは番台に座りながら
冬は道路が凍結するから、夜は来ないほうがいいよという。
お年寄り多い。
なんとなく『つげ義春』的匂いが漂ってきた。

源泉風呂は25.5度。入ると水風呂と間違えるほど冷たいが、
笹にごりした温泉は見るからにエキスが染み入ってくるようだ。
泉質はカルシウムと鉄分が多い。ほか、ナトリウムや炭素水素塩がほどほど。

一度沸かすと源泉はまっ茶色になり、泥水のような色になる。
浴槽のフチや洗い場は太古の昔から化石化しているようなありさまで、
まさに『つげ義春』的なのだ。


写真/下段が源泉風呂。上の奥に見えるのが、源泉を沸かしたもの。