飛騨の細道 120-「ある旅行 」


■ある旅行

ある北欧の哲学者は子どものときに
父に手をひかれて室内旅行をさせられた、
と伝えられている。

父は感じやすくて想像力のゆたかな子の手をひいて室内を歩き回り、
テーブルを山と見たてたり、カーペットを湖と見たてたりして、
そら山だ、それ湖だといい、
山はどのようであるか、
湖はどのようであるかと綿密な風景描写を口でしながら、
ぐるぐると歩き回るのであった。

この子は大きくなってから、
きっといくつも旅をしたにちがいない、と思いたい。

開高 健/旅より