ふるさとの山河を守る。

父方の実家は田舎だが、かつての住所は○○郡で始まった。
そして○○村と続き、大字、さらには字と続いた。

ところが「平成の合併」でもっとも身近な日本人の遺産といわれ、
歴史のなかで愛され、誇りとされてきた多くの町や村名が消え、
大字も字もなくなってしまった。その数1000弱。
制度改革前には2600ほどあった町村が半分以下にまで減少してしまったのだ。

「飛騨の通」で紹介している種蔵は、
かつては吉城郡(よしきぐん)宮川村とよばれた中のいち集落だ。
石積み棚田と板の蔵が山村のなかに点在する種蔵は、
豊かな情感、繊細な美意識、優しいもてなしの心を持った集落である。

サイホンを利用した高台の田地への水の補給や、
類焼をさけるため、母屋から距離を置く板蔵。
蔵には高価な家財ではなく、あわやひえなどの穀類の種を
貯蔵していたという。
火事で焼け出されても、種さえあれば、
もう一度やりなおせることができたからだ。

種を仕舞う蔵、種蔵。
村びとの希望を集落名にした山村は、
水源の里として、豊かな実りの場として、
自然と折り合う技や知恵を蓄えながら、無数のいのちを育んできた。

しかし、平成に入ると種蔵も例外なく過疎化、
少子高齢化に一段と拍車がかかり、集落の賑わいは消えていった。

天のむこうまで抜けてゆくような10月の青い空。
参加者は懐かしい日本の原風景に出会うために
このツアーに参加し、種蔵をはじめて訪れた。
「美しいふるさとの山河を守ろう」。
そんな思いがことばの節はしから伝わってくるガイドさんの案内とともに、
1時間以上の時間をかけ、集落のなかを丹念に歩いた。

澄み切った空気、清澄な山水が傾斜のある集落のなかを音をたて流れている。
収穫がおわった茗荷の葉を肥料にするために、刈り込みに精を出す婦人。
かと思えば稲刈りが終わった田地に腰をおろし、小豆をとる老婆にも出会った。
好奇な目でわたしたちを眺める男の子は、
祖母がいる畑のそばで独りで遊んでいたが、
この村では唯一のこどもなのだ。
同じような年の友だちがいないのが悲しい。

数時間の滞在だったにもかかわらず、
この旅で味わったできごとは夢のようで、現実離れしていた。
飛騨といえども都会の波は押し寄せ、便利という名のもとで、
昔の面影は年々消え去ってゆく。
日本人のアイデンティティを失わないためにも、
この集落へぜひ訪れ、
豊かな情感、繊細な美意識、やさしい心にふれてほしい。

追伸
この村で栽培したそばを村の水車小屋で粉に挽き、そして打つ。
すべが自家製という『万波そば』。
さらに茹でたじゃがいもをエゴマ(あぶらえ)で和え、串に。
それをいろりの火で焼いた『いも田楽』や、歯ごたえのいい種蔵かぶらの漬け。
自家製の豆腐に貴重なぜんまい。
そしてしめくくりは秋の匂いが漂う、『本しめじの味ごはん』をご馳走になった。
どこへ行っても飛騨牛ばやりのなか、本物の地産地消の味にであうことができ、
参加者は大喜びだった。